事務局便り
介護保険制度20年の課題

〜社会全体で支える仕組みに〜

元総評生活局、元連合総合政策局長・連合総研 客員研究員 
小島 茂

 介護の社会化を目指した介護保険制度が2000年4月に導入され、昨年4月で20年が経過した。かつて、連合本部に在籍中、介護保険法制定(1997年12月)から制度実施までの準備期間、その後の介護報酬や制度改定等に労働組合(支払い側、介護労働者、要介護者を抱える家族等)の立場から係わった。

現在は、90歳の母親の介護・介助のため、実家(栃木県)と埼玉県を毎週往復(「中距離」・「老老」介護)しており、改めて、現行の介護保険制度が家族に依存した制度であることを日々実感している。

折しも、新型コロナ感染症が猛威を振るっており、今年1月には2度目の緊急事態宣言が1都10府県に発出された。これまでの経験と介護者(ケアラー)の一人として、以下、コロナ禍で制度発足20年を過ぎた介護保険制度の現状と課題について記載したい。

■介護の社会化にほど遠い現行制度

2000年当時と比べて、高齢化率も高まり、要介護(要支援)者数も介護費用も約3倍、介護保険料は約2倍に増大している。高齢の単身者や二人世帯も急増している。

一方、ホームヘルパーの求人倍率は15倍(施設職員4倍)を超え慢性的な人手不足で、増大する介護ニーズに対応できていない。特別養護老人ホームの待機者は、大都市圏を中心に全国で約32万人もおり、施設入所に数年待ちという地域も多い。

らに、1994年の連合調査(要介護者を抱える家族についての実態調査−「3人に1人が憎しみを感じる」−)で浮き彫りになった家族による要介護者への暴言・暴力や介護放棄等は、四半世紀たった現在でも一向に改善されていない。逆に、現在のコロナ禍で増加している。

また、勤労者の6割が「仕事と介護の両立は困難」(連合総研「第37回勤労者短観」)と答えており、介護離職者はいまだに年間10万人もいる。これは、現行の介護保険制度は「家族による介護」が前提で、「介護の社会化」とはほど遠い現状にあることを示している。

■新型コロナ禍で厳しさを増した介護現場
 加えて、年明けから2度目の緊急事態宣言が1都10府県に発せられ、栃木県を除いて2月8日から3月7日まで1ヶ月間延長されている。全世界での感染者数は2月には1億人を超え、死者数も200万人を超えている。

日本では、昨年末からの第3波の感染拡大によって、感染者数40万人、死亡者数は6千人を超えている。この新型コロナ禍にあって、介護現場では、より厳しい状況に置かれている。

 首都圏をはじめ感染者数が多い地域では、介護施設等でのクラスター(集団感染)が多数発生した。そのため、介護サービスの休止、ディサービスやショートステイの利用制限、利用者も自粛せざるを得ない状況が続いている。医療現場では、コロナ感染の入院者数の増大で、認知症など介護が必要な感染者は入院が困難だとして、自宅療養を余儀なくされている。

そのため、要介護度が高まり、家族介護者は一層厳しい状況に置かれている。特に、家族介護者がコロナに感染した場合は、家族による介護も介護サービスも受けられないなど、さらに困難な状況に追い込まれる。

介護現場では、常態化した人手不足に加え、感染防止対策の徹底、感染者が発生した場合の対応などに、必ずしも感染症に精通していない多くの職員が忙殺されている。しかも、利用者減による事業所の収入減など、多くの困難な課題が山積している。

介護事業所・施設には、これまで感染症対策の支援金や職員に対する慰労金(感染者等へのサービス提供20万円、それ以外5万円)が支給され、今年4月からは介護報酬が0.7%のプラス改定となる。

しかし、これだけでは、今回のコロナ禍では、全く不十分と言わざるを得ない。感染防止をはかる介護サービス提供の体制整備、専門的人材の育成・確保等のため、更なる財政措置が不可欠である。「医療崩壊」を解消するためにも、要介護者のコロナ回復後の介護施設での受け入れ体制整備(施設内療養)などの医療・介護連携も必要である。

■コロナ後もパンデミックは繰り返す
今回の新型コロナは、発生源がいまだ特定されていないが、中国武漢市などからの人の移動によって、全世界に蔓延していった。新型コロナも今後のワクチン接種や治療薬開発を通じて、いずれは収束するであろう。

かつて、中世ヨーロッパ社会に壊滅的な打撃を与えたペストは、人口の約三分の一が犠牲になったといわれている。このペストは、元々はネズミの間で流行する風土病であったが、そのペスト菌が軍隊やジェノバ商人等に
よって、ヨーロッパに伝播したとされている。

第一次世界大戦中に猛威を振るった「スペイン風邪」も、アメリカで発生した新型インフルエンザがアメリカの参戦によって、ヨーロッパを経由して全世界に蔓延し、1918〜23年の間に約7500万人が犠牲になったとされる。

また、2002年から2003年にかけて中国南部から各国に広まったSARS(サーズ:重症急性呼吸器症候群)や2013年に中東で流行したMARS(マーズ:中東呼吸器症候群)、さらに、2014年にエボラ出血熱が西アフリカで大流行した。

今後、地球温暖化も影響して新たな感染症ウイルスが発生し、グローバル化(人・もの移動)による感染拡大・蔓延(パンデミック)が起こる可能性は高い。

介護の社会化(感染症対策)に向けた今後の課題
今後さらに要介護者、認知症患者が増大する中、一層の介護職の処遇改善・人員確保などで介護サービスの充実・拡充をはかり、「家族依存」の介護を克服して、介護の社会化を推進していく必要である。

また、コロナに感染した要介護者の退院後の介護施設等での受け入れなど医療・介護連携、感染症対策の徹底と継続的なサービス提供を含め、地域包括ケアシステム(住み慣れた地域で医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される体制)の整備が必要である。

これらを実現する財源確保のためにも、介護保険料の負担対象者(40歳以上)の拡大(年齢引き下げ)と公費負担増など全世代による連帯が必要である。

また、政府が進めている「70歳までの就労」や「介護離職ゼロ」の実現には、「仕事と介護の両立」が喫緊の課題であり、以上の介護サービスの拡充で家族介護に依存しない介護の社会化を進めるしかない。

加えて、介護休業制度の拡充をはじめ、年金制度による「仕事と介護の両立」支援措置(介護休業中の社会保険料免除、介護に伴う短時間勤務中の賃金減額を従前収入として算定)など、介護を社会全体で支える包括的な仕組みも不可欠である。

合わせて、コロナ禍でも介護・医療職など「利他行」に励むエッセンシャルワーカー(社会生活を支える仕事の従事者)の処遇改善と社会的評価の見直しも我々国民に求められている。菅政権が強調する「自助」(自己責任)ではなく、連帯と社会的支え合いに基づく真の全世代型社会保障制度の構築が必要である。

なお、日本ケアラー連盟などの取り組みで、昨年3月に「埼玉県ケアラー支援条例」が全国に先駆けて制定された。孤立化する介護者(ケアラー)の尊厳を守り、社会全体で支えるため、具体的な支援策実施の根拠となる「介護者支援法」の制定も必要である。

  <2021年2月8日 脱稿>